東京地方裁判所 平成2年(ワ)12494号 判決 1992年1月21日
原告
松本芳朗
ほか四名
被告
瀧本正人
主文
一 被告は、原告松本芳朗に対し金三二八五万四一二八円及びこれに対する平成元年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告松本芳朗のその余の請求並びに同松本信朗、同松本晴朗、同松本史朗及び同松本富惠子の各請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告松本芳朗に対し金一億四〇〇〇万円、同松本信朗及び同松本晴朗に対し各金一〇〇万円、同松本史朗及び同松本富惠子に対し各金六〇〇万円、並びにこれらに対する平成元年七月九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生(以下、この事故を「本件事故」という。)
(一) 日時 平成元年七月九日午後六時三〇分ころ
(二) 場所 東京都小平市上水本町六丁目二二番先交差点(以下「本件事故現場交差点」という。)
(三) 加害車両 自動二輪車(ホンダ四〇〇CC。練馬ち五一六一。以下「被告車」という。)
右運転者 被告
(四) 態様 本件事故現場交差点において、市役所西通り方面から五日市街道方面に向かい右折進行した被告車が、府中街道方面から市役所西通り方面に向かい同所の横断歩道上を青色信号に従つて進行していた原告松本芳朗(以下「原告芳朗」という。)運転の自転車と衝突し、原告芳朗が転倒した。
2 責任原因
被告は、被告車を自己の運行の用に供していた際に、本件自己を発生させたのであるから、運行供用者として、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文に基づき、原告らが本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。
3 原告芳朗の受傷及び入通院経過
原告芳朗は、本件事故により視神経管骨折等の傷害を負い、本件事故日から平成元年八月二日までの二五日間公立昭和病院(以下「昭和病院」という。)に入院し、その後平成二年二月一六日まで右病院に通院して(実通院日数七日)治療を受けたが、右眼失明、外斜視及び外貌に著しい醜状(以下「外貌醜状」という。)の各後遺障害を残して症状が固定した。右各後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「自賠法等級表」という。)の第八級一号(右眼失明)、第一二級一号(外斜視)及び第一二級一三号(外貌醜状)にそれぞれ該当し、同施行令二条一項二号ニに従い併合して第七級となる。
4 損害
(一) 原告芳朗の損害
(1) 治療費
ア 本件事故日から平成元年七月三一日までの入院分(自由診療分) 金二二七万一三四〇円
イ 平成元年八月一日及び翌二日分の入院分(社会保険自己負担分) 金三万一八三〇円
ウ 通院分 金四二九〇円
(2) 付添費(両親等近親者)
ア 入院付添費
一日一万円として二五日分 金二五万円
イ 通院付添費
一日五〇〇〇円として七日分 金三万五〇〇〇円
(3) 交通費
ア 入院付添のための交通費(タクシー実費) 金六万九五〇〇円
イ 通院交通費(タクシー実費) 金二万二三三〇円
(4) 入院雑費
一日一五〇〇円として二五日分 金三万七五〇〇円
(5) 後遺障害による逸失利益 金一億九〇九八万一四四〇円
原告芳朗は、昭和五三年八月三日生まれで本件事故当時満一〇歳であつたところ、本件事故による前記各後遺障害により、その労働能力の少なくとも六五パーセントを喪失した。ところで、原告芳朗の家庭環境(両親である原告松本史朗(以下「原告史朗」という。)及び同松本富惠子((以下「原告富惠子」という。))はともに大学院修士課程修了で、原告史朗の職業は大学の助教授である。)、同人の能力、興味、関心、社会の一般的傾向からすれば、原告芳朗は将来大学を卒業して頭脳労働の職に就く予定であり、少なくとも七〇歳までは就労可能と見込まれる。したがつて、原告芳朗の大学卒業時の年齢である二二歳から七〇歳までの四八年間の右後遺障害による逸失利益は、平成二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者・大学卒・全年齢の平均賃金額である六一二万一二〇〇円を基礎として算定すると、右金額となる。
六一二一二〇〇×〇・六五×四八=一九〇九八一四四〇
なお、将来の賃金上昇の傾向、物価水準の推移等を勘案すれば、賃金の増加と中間利息の控除とは相殺されることになるから、右金額から改めて中間利息の控除を行う必要はない。
(6) 慰謝料
ア 受傷に対する慰謝料 金一〇〇〇万円
イ 後遺障害に対する慰謝料 金九〇〇〇万円
(二) 同松本信朗(同芳朗の兄。以下「原告信朗」という。)、同松本晴朗(同芳朗の弟。以下「原告晴朗」という。)、同史朗及び同富惠子の各損害
右四名は、本件事故によつて原告芳朗が被害を受けたことにより重大な精神的苦痛を受けたものであるところ、右精神的苦痛を慰謝するためには、それぞれ以下の金額が相当である。
(1) 原告信朗及び同晴朗 各金一〇〇万円
(2) 同史朗及び同富惠子 各金六〇〇万円
5 損害の填補 合計金九九六万七六七〇円
原告芳朗は、本件事故により被つた損害について、右金額(任意保険から金二四六万七六七〇円、強制保険から金七五〇万円)の填補を受けた。
6 弁護士費用
原告らは、原告ら代理人らに本訴訟の処理一切を委任し、その費用の支払いを約したところ、本件事故と相当因果関係のある損害としては、それぞれ次の金額が相当である。
(一) 原告芳朗 金二〇〇〇万円
(二) 同信朗及び同晴朗 各金一〇万円
(三) 同史朗及び同富惠子 各金六〇万円
7 よつて、原告らは、被告に対し、自賠法三条本文に基づき、本件事故による損害賠償請求として、原告芳朗は請求原因4(一)の損害合計額から同5の填補額を控除して同6(一)の弁護士費用を加えた合計金三億〇三七三万五五六〇円の内金一億四〇〇〇万円、原告信朗及び同晴朗は請求原因4(二)(1)の損害額に同6(二)の弁護士費用を加えた合計各金一一〇万円の各内金一〇〇万円、原告史朗及び同富惠子は請求原因4(二)(2)の損害額に同6(三)の弁護士費用を加えた合計各金六六〇万円の各内金六〇〇万円、並びにこれらに対する本件事故日である平成元年七月九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は認める。
3 同3のうち右眼失明を除いたその余の事実については否認する。本件事故により生じた原告芳朗の後遺障害については、自動車保険料率算定会調査事務所の等級事前認定(以下「事前認定」という。)により、第八級一号(右眼失明のみ)と認定されている。
4 同4のうち、(一)(1)は認め、その余は不知ないし否認する。
5 同5は認める。
6 同6は否認する。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1(交通事故の発生)の事実及び同2(責任原因)の事実は、当事者間に争いがない。
したがつて、被告は、原告らに対し、自賠法三条本文に基づき、原告らが本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。
二 請求原因3(原告芳朗の受傷及び入通院経過)の事実のうち、原告芳朗に右眼失明の後遺障害が残存したこと及び右後遺障害が自賠法等級表の第八級一号に該当することは、当事者間に争いがない。
そこで、原告ら主張にかかる外斜視及び外貌醜状の各後遺障害の存否等につき判断する。
甲第二号証、第三号証、第四号証、第五号証、第六号証、第八号証、第九号証の一五及び第一四号証並びに原告富惠子本人尋問の結果によれば、原告芳朗は、本件事故により視神経管骨折等の傷害を負い、本件事故日から平成元年八月二日までの二五日間昭和病院に入院し、その後平成二年二月一六日まで右病院に通院して(実通院日数七日)治療を受けたが、その右眼は外斜視となり、また、同人の右前側頭部の前髪中には、幅約〇・五センチメートル、長さ約一九・五センチメートルの手術痕が脱毛状態として存在することになつたことが認められる。しかしながら、これらをもつて、直ちに、原告らの主張するような、各等級に該当し、又は右眼失明と併合してその該当等級を繰り上げ、労働能力喪失率を増加させるに足る後遺障害であるということはできない。外斜視についていえば、当該眼球に関して失明という後遺障害が別に生じている場合には、その眼球について運動障害(機能障害及び視野障害も同様)があつても、それによつて新しく労働能力の喪失が生じる余地はない。また、原告ら主張の手術痕による外貌醜状も、その部位(頭髪によつて隠すことができる。)、幅等に照らして特に将来の労働能力に影響を及ぼす外貌醜状ということはできない。これらの事情は、後述の慰謝料算定の斟酌事由とすることが相当である。(ちなみに、本件については、右外斜視及び手術痕が自賠法等級表の何級何号に該当するかは、右の結論になんら影響しないが、いずれにしても原告らの主張を認めることはできない)。
三 進んで請求原因4(一)(原告芳朗の損害)について判断する。
1 同4(一)(1)(治療費)について 金二三〇万七四六〇円
当事者間に争いがなく、右金額となる。
2 同4(一)(2)(付添費)について
(一) 入院付添費 金一一万二五〇〇円
(二) 通院付添費 金一万七五〇〇円
甲第四号証及び第五号証並びに原告富惠子本人尋問の結果によれば、入院期間中及び通院の際には、原告史朗及び同富惠子が同芳朗に付き添つていたことが認められるところ、甲第一号証、第二号証、第四号証、第九号証の一四及び同一五によつて認められるところの、原告芳朗は、昭和五三年八月三日生まれで本件事故当時満一〇歳であつたこと、本件事故による受傷部位は眼であつたこと、本件事故後直ちに救急車によつて昭和病院に搬入されて視力回復のための視束管開放術を受けたこと等の事実に照らせば、右付添は一人分についてその必要性を肯定することができる。そして、右付添費としては、原告芳朗の右受傷内容、程度等に鑑み、入院期間中につき一日当たり金四五〇〇円(二五日分)、通院期間中につき一日当たり金二五〇〇円(七日分)の金額を要したものとするのが相当であり、これに従い算定すると右金額となる。
3 同4(一)(3)(交通費)について
(一) 入院付添のための交通費 金六万九五〇〇円
(二) 通院交通費 金二万二三三〇円
甲第一三号証の一、同二及び第一四号証並びに原告富惠子本人尋問の結果によれば、前示原告富惠子の付添及び同芳朗の通院の際には、原告らの自宅から昭和病院への往復はタクシーを用いたことが認められるところ、右各証拠によつて認められるところの、同病院への交通手段としてはバスがあるもののその本数は少ないこと、右付添期間当時、原告信朗は中学校二年生で同晴朗は幼稚園年長組に在籍し、同富惠子らの世話が必要な年齢であつたことなどの原告らの家庭事情、原告芳朗は右通院期間中、いまだ片目での生活に慣れておらず、階段から足を滑らしたことがあつたこと等の事実に鑑みれば、タクシー利用の相当性を肯定することができ、その費用としての請求原因4(一)(3)の右金額を認めることができる。
4 同4(一)(4)(入院雑費)について 金三万円
原告富惠子本人尋問の結果によれば、原告芳朗は前記入院期間中に一日あたり一五〇〇円を超える諸雑費の出捐を行つたことが認められるところ、一日当たり金一二〇〇円の割合で二五日分につき本件事故による損害とするのが相当であり、これに従い算定すると右金額となる。
5 同4(一)(5)(後遺障害による逸失利益)について 金二七二六万二五〇八円
前示認定の原告芳朗の本件事故当時における年齢、同人の家庭環境等の事実に加え、甲第一号証、第二号証、第三号証、第四号証及び第五号証並びに原告史朗及び同富惠子両本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によつて認められるところの、原告芳朗は本件事故当時小学校に通う健康な男児で、同人はその後小学校を卒業して現在小平市立第四中学校一年に在学し、その学業成績は中の上程度であること、同人の両親である同史朗及び同富惠子はともに大学院修士課程を修了し、同人の兄である原告信朗は現在拓殖大学付属第一高等学校の一年に在学していること、右両親においては原告芳朗の大学進学を当然のものと考えており、本人としてもその希望を有していること、その他現在の社会情勢等の事実によれば、原告芳朗は、労働可能期間である二二歳から六七歳までの四五年間につき少なくとも一年あたり平成二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者・大学卒・全年齢の平均賃金額である六一二万一二〇〇円の収入を得ることができたものと推認され、前記認定の原告芳朗の本件事故による後遺障害の内容及び程度に鑑み、労働能力喪失率を四五パーセントとし、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、原告芳朗の逸失利益の本件事故当時における現在価額を算定すると、次のとおり右金額となる(円未満切り捨て)。
六一二一二〇〇×〇・四五×(一八・七六〇五-八・八六三二)=二七二六二五〇八・七四
なお、原告らは、将来の賃金上昇の傾向、物価水準の推移等を勘案して、中間利息の控除を行う必要はない旨主張するが、今後、前示の長期間に渡る原告芳朗の労働可能期間中、毎年五パーセント以上のベースアツプによる平均賃金の上昇が継続する高度の蓋然性を認めるに足りる証拠はないから、原告らの右主張を採用することはできないものといわなければならない。
6 同4(一)(6)(慰謝料)について 金一〇〇〇万円
甲第四号証及び第五号証並びに原告史朗及び同富惠子両本人尋問の結果によれば、原告芳朗は、本件事故により生じた前示右目失明の後遺障害により、遠近感、視野等に影響をきたし、学校の体育授業において行われる球技が困難になるなど、その日常生活に支障をきたすことが多くなつたこと、前示外斜視について、友人からも指摘されるなどしてひどく気にするようになり、原告史朗ら両親に対してこれを直すための手術を懇願したため、平成三年七月二五日に昭和病院において手術を受けたが、右手術は一応成功したものの、手術時の激痛から本人としては二度と受けたくないとのものであつたこと等の事実が認められ、これらに、右前側頭部の手術痕の存在、入通院経過、後遺障害の内容(右外斜視は一種の外貌の醜状と認められる。)、程度、将来における不利益の見込み、家族である他の原告らに与えた影響、将来への不安感等その他本件に現れた一切の事実を斟酌すれば、本件事故による原告芳朗の精神的苦痛を慰謝するための金額は、右金額と認めるのが相当である。
四 続いて請求原因4(二)(原告信朗、同晴朗、同史朗及び同富惠子の損害)について判断する。
事故によつて被害を受けた者の近親者は、右被害者に重度の後遺障害が残存するなどして、被害者が死亡した場合にも比肩するような精神的苦痛を受けた場合には、被害者自身とは別個に自分自身の慰謝料の請求ができるものと解すべきところ、前示認定の本件事故による原告芳朗の受傷内容及び程度並びに後遺障害の内容及び程度に鑑みれば、右のように解することは困難といわざるを得ず、原告芳朗が慰謝を受けることによつて、右四名も慰謝されたものとするのが相当である。したがつて、右四名の慰謝料請求については認めることができない。
五 請求原因5(損害の填補)については当事者間に争いがない。
したがつて、原告芳朗が被告に対し請求しうる弁護士費用を除いた損害額は、金二九八五万四一二八円ということになる。
六 請求原因6(弁護士費用)の事実のうち、原告らが、原告ら代理人らに本訴訟の処理一切を委任したことについては当裁判所に顕著であるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額等に照らせば、原告芳朗が本件事故と相当因果関係のある損害として被告に対し賠償を求めうる弁護士費用の額は、金三〇〇万円が相当である。
七 以上により、本訴各請求は、原告芳朗については金三二八五万四一二八円及びこれに対する本件事故日である平成元年七月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、原告信朗、同晴朗、同史朗及び同富惠子についてはいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲葉威雄 石原稚也 江原健志)